月に吼える

凍死せる岳人、国を腐らす

 

ファイ 

 

これは悲しむべき遠吠えである

凍死せる岳人、国を腐らす

 廃棄物の食品化流通、ツアーバス事故、偽装データに基づく建築、金銭まみれ・恥知らずの政治家、魑魅魍魎の跋扈する業界ニュースが相次いでいる。今年は年明けから、残念な話ばかりが報じられている。

 しかし、テレビで流れるニュースは何故こうも画一的なのか、電波の無駄遣いが甚だしい。エンタテイメントに走りすぎで、考えるべき本質を見失っているように思える。例えば、号泣議員を面白おかしく追うのは良いが、そこにどんな意義があるのか、全放送局が追うような話か。

 

  以下に示す情けないニュース報道に触れ、更に、この取り上げ方の冷淡さに呆れて、溜息ばかりである。

 三国志によれば、「死せる孔明、仲達を走らす」とあるように、諸葛亮は死後も、司馬懿から蜀の軍を安全に退却させるのである。死は避けられない、しかし、問題のニュースが細々と伝える処は、岳人のその死の乗り越え方が悲しすぎるのである。 情けないニュース記事(例 http://glog.blog.jp/news/201601/31/53742492.html)の抜粋を。

 

 

 事故は13年12月、富士山の高さ3500メートル付近で、京都府のグループ男女4人が滑落し、静岡市消防航空隊のヘリが救助している際に起こった。隊員が京都市の男性(当時55歳)をヘリにつり上げ、機体に収容する際に救命用具が外れ、約3メートルの高さから落ちた。

 男性は翌日、心肺停止の状態で発見され、その後、死亡が確認された。

 

 この事故では、死亡した男性の遺族が昨年12月、静岡市消防航空隊の救助活動に問題があったとして同市を相手取り、約9170万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。

 

 静岡市ではヘリの訓練場所が市内に限られることや二重遭難防止を念頭に、市内最高峰の間ノ岳(標高3190メートル)の高さを考慮し、14年11月に3200メートル以上での救助活動は行わないことを決めた。

 

 救助のあり方について

 まず、この市の対応の是々非々を問わねばならない。これが民意だというなら、情けなさ過ぎる。今、静岡市民でなかったことを幸いと思う。

 

 二重遭難を念頭に置くなら、一切の冬山救助は止めるべきである。冬山に入らねばならない必然性はないのであるから、遭難者の自己責任ですべてやってもらえば良い。遭難時点で、危険な領域であることは明らかである。3200メートルまでは助けに行くが、3201メートルでは活動せずなどと愚か過ぎる。

 

 本質は、それでも、危険を承知の上で、人命を助けたいから救助活動をするのであろう。

 

  救助活動は余計なお世話だったか

 次いで、損害賠償訴訟についてである。情けない。こんな遺族は決して持ちたくはない。

 

 救助に向かう方々も命がけの筈である。それでも助けたいから活動するのであろう。極限状態での活動ではミスも出よう。ミスをしようと思って命がけで活動する人はいない。

 ミスが仮にあったとしても、状況によっては無事だったかも知れない。しかし、状況は厳しかった。事故後すぐに救助活動を継続できず、翌日になってしまったことからも、危険な領域だったことは想像に難くない。

 亡くなられた方には気の毒であるが、残念な事件、遭難した時点で既に死亡していたのだ。幸いにも救助された方々は、この方の分の命、費用をも分担しなければならない。それが、冬の山に入る岳人の心意気だろう。そのような覚悟もなしで山に入るな。

 

 賠償請求は生還を前提とした損害

 

 極限状態でのミス防止、それは簡単ではない。

 努力が全て報われる訳ではない世界。

 ミスされた方の傷みを思うとやるせない、めげずに頑張って欲しいと思うのは私だけだろうか。

 

 冬山では救助活動が無ければ生還できないことを前提に、危険を顧みず救助活動を行うのである。すなわち、救助活動を開始した時点で生還を前提とした損害は救助活動とは無縁である。 

 であるから、こんな損害賠償請求訴訟に対して、市は職員を敢然と守ってやらねばならない。そうでなければ、命がけで救助に向かう人はいなくなるであろうし、亡くなられた方もそんなことを望んではいないであろう。

 本件遺族が、故人の冥福を祈り、事故の再発防止を願って訓練費用を寄付するというならまだしも、損害賠償請求するなど本末転倒、今後の救助活動を萎縮させる、死んだ岳人に鞭打つ行為でなかろうか。

 

 市は、このような輩に対しては、救助活動、遺体収容に使った直接費用だけでなく、これまでの訓練費用も経費として請求するなど、救助要請者が本来負担すべき費用の支払いを求めて、逆訴訟を起すぐらいの取り組みを行うべきである。遭難者は、救助に関与した人々の命を危険に晒す原因を作ったのであるから、これを止め得なかった責任を賠償請求遺族に求めることは正義であると考える。

 

 本件は、字が読めない、浮気したなど、国会議員の低俗さをエンタテイメントのようにしか取り上げないマスコミが、民意を問わなければならない事件をほとんど取り上げない事例のひとつであろう。

 

 腐った一つのりんごは、箱の中の他のりんごも急速に腐らせる。 冬山に限らず、救助活動全体が萎縮しないよう、守るべきはなにかを捉えた取り組みをメディアに期待したい。

 

 

2016/2/20

   

     

 

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