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ニュースは本来、「事実とその真実を伝えるための背景」を伝えることが使命であるのに、使命を忘れ、誰やらを専門家と称して登場させ、推測、憶測で話題を作るエンタメ化が著しく、呆れるばかりです。
例えば、「トランプ氏がアンカレッジで会談する」こと以外、内容などは不確定で、事前に報道すべき事実情報はほとんどないのに、ニュースは推論の祭りでした。
巷には、不正確で、悪意、作為に満ち満ちた報道があふれている。
斎藤兵庫県知事に関する某記事(FRIDAYデジタル8/16)によれば、
「調査のため『百条委員会』が設置されたが、調査結果が出る前に斎藤氏は、県議会で不信任決議案が可決されて辞職。」とされる。
事実は、辞職せずに誹謗中傷と戦い、不信任決議案の効力で調査結果が出る前に解任された。 この誤記は、印象操作という手法であろう。 この旧知事の案件は、選挙で新任された新知事に混同して向けられる。
「時事通信社の記者が「斎藤知事が震源地」と語っていたように、問題はすべて斎藤知事を巡って起きている。」とあるのは、主語と目的語の差し替えであろう。 「「知事らが指示した可能性が高い」とされたが、知事は否定しているのでこの問題も解決していないままだ。」
と、否定している知事に解決を求めるような記事自体が偏向している。
「あれだけ毎回記者たちから攻められていたら、普通の人の神経なら、あの場に立っているのが苦痛になる。」とメンタルの強さを地元テレビ局の記者に語らせているが、このようなメディ・ハラを日常的に行っている記者やメディアの異常さは訴えない。 知事に法律違反などを認めさせることが使命だと思い違いをしている。哀れという他ない。推定無罪という取るべき立場を忘れた記者は、外されて当然でしょう。
事実を追及せず、推測で論じる、使命を忘れたジャーナリストは不要である。迷惑行為の被害者は、ジャーナリストの端くれでも被害届を出し、対応組織に調査を委ねるべきであろう。
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